素敵じゃないか

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「どうしてそんなに音楽が好きなのにヤメちゃったの?」
妻ちゃんにそう言われてハッとした。
私は小一から中三まで九年間ピアノを習っていた。
受験がどうとか、高校に行ったら習いに行く時間も練習する時間もなくなるだとか、そんな真っ当っぽい理由をこじつけて、私はピアノをヤメたのだ。
今になってみれば、どんな形でも続けてれば良かったよなと思う。
最近、BSで朝放送している『空港ピアノ』や『駅ピアノ』(空港や駅に置かれたピアノに定点カメラを設置し、訪れた様々な人種年齢の方々が紡ぐ音とその方たちのその曲を何故演奏したかを描く素晴らしい番組です)を観てて、その思いはさらに増すばかりだ。
さらりとポロロンと好きな曲を弾けたらどんなに素敵だろう。
今更になって、そのことに気づいたのだった。
いや、そんなことはずっと前から知っていたはずだ。
だのに、私はピアノから遠ざかった。
実家に帰ればピアノはあったのに、私は触れようとしなかった。
誰も触れなくなったピアノを両親は処分することにした。
運ばれていくピアノを見て母は涙が出たと言っていた。
私はそのとき、自分の心がざわめかなかったのを覚えている。
ふ〜ん……だなんて感じだった。
人にはなんでそんな瞬間、そんな感情が生まれることがあるのだろう。
自分のことながら、そんな自分を嫌悪する。
今春、小学校に入学した息子はこれから何をやるだろうか。
何をしたいと言い出すだろうか。
音楽にも興味あるみたいだし、スケボーにも興味がある。
サッカー、野球、水泳、格闘技。
息子はまだまだこれから何でもチャレンジ出来るんだよな。
私はピアノを習いたいと両親に言った記憶はない。
いきなり「ほら、これからピアノ教室行くよ!」と連れて行かれたのだ。
きっかけは、親族が集まった席でピアノが弾けたらいいよねと私が母に言ったからだったらしい。
正直嫌だった。
五線譜に音符を書いたり、手拍子でリズムをとったり、そんなレッスンばかりだったし、うちにはピアノがなかったので、鍵盤が書かれた紙で練習するのにもテンションが上がらなかった。
近所のピアノがある家に行って、弾かせてもらうのもなんだか恥ずかしかった。
その風向きが変わったのは小学校の音楽の時間だった。
いつの間にかピアニカがすらすらと弾けるようになったのだ。
ピアニカでメロディーを紡げるようになった頃、我が家にアップライトピアノが届いたんだった。
今後、何かしらのきっかけで、またピアノを弾くことになったら……それも素敵だな。
そうしたら、弾きたい一曲がある。
阿部海太郎さんの「バスティーユのアメモヨイ」というピアノ曲だ。
これぐらいだったら指はまだ動きそうだ。
ただ誰かに聞かせるレベルまでには到底及ばないが、曲の体裁は一応整えられそうだ。
練習して練習して。
それから、私の四十八年間の人生をさらりと音に乗せられたらなと思う。
そうできたら素敵だなと思う。

いつの間にかそうなっている

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先日、久しぶりに地元の友人たちと集まった。
それぞれ髪を切りに来てくれているのだが、皆が集まるのは年に一度が二度というところだろう。
二十代、三十代の頃は自分の話をすることが多かったが、四十代後半になった今は家族の話をするようになったなと感じる。
親のこと。
子供のこと。
伴侶のこと。
それぞれのこれからのこと。
俺たちもそういう年齢になったのだなぁとしみじみした。
考え方が違うからといって、それを否定したりはせず、そういう考え方もあるよねと尊重し合う仲になった。
いつの間にか、そうなるものなのだと知った。
これはきっといいことだろう。
気まぐれに店内BGM用に SKA のセットリストを作った。
そういう季節になったということだろう。
選曲するのにも随分と力が抜けるようになった。
以前は、狙いすぎてワザとらしくなってしまうことが多かったが、今日この頃はイイ塩梅でイイバランスを保てている。
多分きっと、これを年の功と呼ぶのだろう。
これも、いつの間にかそうなっていったと感じる。
ある程度の狙いは定められるが、できるのは初めの方向付けぐらい。
それからは風に乗るような感覚で抗わず流されるのみ。
それが心地好いと知った。
年を重ねるのは、そんなに悪いもんじゃない。
近頃はどうも映画鑑賞モードだったので、ここいらで読書モードに切り替えたいところだ。
夏までに「カラマーゾフの兄弟」を読破したいものだ。
薄ぼんやりとした目標として頭の片隅に置いておこう。
股旅。
 
 

ねぇ、外は春だよ

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おはようございます。
今、僕は今の気分に乗せて曽我部恵一さんの「ねぇ、外は春だよ」を聴きながら、この日記を書いています。
その日その時の今の気持ちに合わせてBGMを選べる心。
こういう心持ちを失くさず生きていきたいものですね。
失くさずに日々を過ごせるようにするにはどうすれば良いか。
何をすれば良いか。
答えは明白で、心身ともに健康で仕事をしてお金を稼ぐ出来しかないのです。
そう出来るようにするには何をすべきか……
自問自答は堂々巡りするばかりなのです。
いとをかし。
 
 
先日、お客さんとの会話の中で出た
「人には『人を呼べる人』と『呼ばれて行くだけの人』がいる……どちらが上とか下とかではない。
自分がどちら側の人間なのかをわかっているかどうかというのが重要だ……」
と云うお客さんの言葉が胸にツキンと響いているのです。
『レディ・プレイヤー1』と云う映画を観ました。
とてもエネルギーに満ちたとても面白い刺激的な映画でした。
僕が手前勝手にこの作品から受け取ったメッセージは
「否定より肯定だぜ。その方がパワーがあるぜ」
です。
甚だトンチンカンかもですが、僕はそう受け止めたのです。
 
 
思いのままに書き綴りましたが、この三つの話は見事に僕の中ではビシッと繋がっています。
さてと。
今日は定休日。
外は春爛漫だ。
ヒノキ花粉のバカヤロー。
 
 

流される心地よさ

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ずっと欲しかったユーフォルビア。
またの名をホワイトゴーストと云うサボテン。
その姿が、昔の米国アニメに出てくる幽霊に似ていることから付けられた名なのでしょう。
これが、いつもなかなかのお値段でグッと涙を飲んでいたのですが、ちょいと小さくなってしまいますが随分とお安くなっていたのを見つけてすぐさまゲット。
どれにしようか迷ったので息子に相談したら「これだ!」と一瞬で決めてくれたのでそれに従いました。
これからはもう、妻か息子にいろいろ決めてもらおうと思いまして。
だってその方が、確実にいい結果、いい展開が待っているんですもの。
いつの間にかそうなっていくのですね。
近頃、息子が店に置かれているものや私が身につけているものを指して「これ、オレが大きくなったらちょうだい!」と云うことが多くなりました。
このホワイトゴーストもそう。
それから、私が大切にしているモミジシシガシラ。
(先日、冬を乗り越え葉っぱが出始めました。嬉し。)
それと、タコマフジレコードのキャップ。
おっとそれから、アディダスのキャンパス。
友人のアラヤンが描いたいくつもの絵。et cetera。
これがなかなか嬉しいものですね。
息子の中で、いろいろなものに対して「好み」が生じてきたようなのです。
植物に対して「かわいい」とか「カッコイイ」と思える感性。
これは教えてどうにかなるものでもないと思うのです。
これだけは本人が感じられるかどうかかと。
もちろん、そのキッカケを演出することは可能ですけども、要は本人次第なのですよね、こればっかしは。
息子は妻の物もいくつか狙いを定めているようですし、その好みの幅は広がりつつも絞り込まれて行くことでしょう。
う〜ん、スペクタクル!
「いつか息子と酒を飲み交わしたい」なんて願うお父さんは多いと思いますが、もちろんそれもステキングですけども、私はいつか息子とレコード屋に行きたいのですよ。
息子から「これ、すごくいいよ。きっとお父さん好きだよ」なんつってレコードをもらったりね。
いいですね、そういうの。
最高じゃないですか。
さてと。
仕事頑張ります。

光り輝く門出の日

今日は息子の入学式でした。
ずっと晴れ続きだったのに、よりによって何で今日は曇り?
と思いましたが、ここは敢えて「そこがいいんじゃない!」と思うことにします。
何しろ門出ですからね。
私が子供の頃は、父親が入学式に出席するなんて考えられなかったですが、今はほとんどのお父さんが出席するようですね。
開式前に「動画などをSNSに投稿するのはご遠慮ください」とアナウンスが入ったのも「今だなぁ……」と感じ入りました。
時代は澱みなく流れていますね。
私が小学校に入学したのも遥か昔の四十年前。
でも、そのときのことをほんのりとは覚えています。
近所に住む一つ年上のトモくんが、私の教室に校庭側の窓から入ってきたんですよ。
私の名前を叫びながら。
トモくん、今頃どうしてるかな。
あれだけ仲良かったのに、どこかで疎遠になってしまうのは何故なのでしょうね。
すべての才や力や材といふものは
ひとにとゞまるものでない
ひとさへひとにとゞまらぬ……
と詩ったのは誰でしたっけ。
上手いこと詩うものです。
息子の小学校生活が満遍なく滞りなく光に満ちた輝かしく楽しいウルトラベリーハッピーな日々でありますように。