その流れに乗ろうぜ

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息子のスパイダーマン熱が急上昇し続けている。

どうやら本気でいつかスパイダーマンになろうとしているようだ。
と思ったら、急に現実的なことを言ったりもするから笑える。
小学一年生、まだまだ空想と現実の狭間をしょっちゅう行ったり来たりしているようだ。
息子曰く、このマスクのクオリティーは低いそうだ。
そして、ボディスーツの方の出来には満足しているのだが、何度も脱ぎ着していたらチャックの調子が悪くなってしまった。
「大事に着なさい」と忠告しても暖簾に腕押し。
今の気分のままに振る舞う息子の姿に白目を剥くこともしばしばだ。
でも、それが良いんじゃない!
と得意の心構えで乗り切ろうと思う。
どうせ、すぐに遊んでくれなくなるのだ。
お父さんお母さんと甘えてくれることもじきになくなる。
そう、コレは私の大好きな期間限定、プレミアムなものなのだと己に言い聞かせて今日も生きよう。
もちろんBGMはラモーンズの “電撃バップ” で。
そう息子が大好きな『スパイダーマン:ホームカミング』の主題歌だ。
この主題歌はナイスチョイスだ。
おかげで、息子がラモーンズに興味を持ってくれた。
いいぞ。
とても、いい流れだ。
 
 
 
《お知らせ》
来週、月火水とお休みさせていただきます。
ご了承ください。

たまにはこんな話を

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店で流している音楽の話であります。

中には「そりゃないぜセニョール!」とその選曲が心外に思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、コレでもお客さん一人一人に合わせて選曲しているつもりなのです。
なので「ん?コレは私への何かしらのメッセージなのかい?床屋のおやじさんよ……」なんて余計な深読みをしていただけたらコレ幸いであります。
私がまだ駆け出しのぺーペーのアッチョンブリケの頃。
師匠が書いたお客さんそれぞれのカルテには、そのかたの音楽的嗜好まで細かく記されてあったので、よっしゃその通りの音楽を流せばヨカですね!と鼻息荒く「エリック・クラプトン好き」と記されていたら、そのまんまクラプトンを選んでいたのである。
そうしたら師匠にこう言われたのです。
「いやいや、クラプトンが好きな人は自分の時間の中でいっぱいクラプトンを聴いているからさ。
『髪を切りながら聴くクラプトンもイイね〜』と思ってくれるのは最初だけなんだよ。
僕たちは、そんなクラプトン好きな方が「いいね!」と感じてくれるような、そんな音を提供しなくちゃ。」
この言葉は響きましたね。
それから意識を変えて、店内BGMを選ぶようにしました。
でも、コレが難しい。
そこに正解はないのです。
この前は、コレで良かったからって、今回もコレでOKというわけにはいかない。
全ては「流れ」なんですね。
その「流れ」を作るのか、その「流れ」に乗るのか。
その場にいる皆が心地良くなれるような選曲を目指しました。
たかが音楽、されど音楽。
床屋の仕事に関係ないっちゃ〜ないけども、コレでも私は、そこにかなり心血注いでいるのです。
能書きタラタラ、どうもすみません。
さてと、どうやら酷暑もひと段落したみたいだし、腹から声出して行きましょうかね。
アッチョンブリケ。

Slow Days

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ぶらりと狭山市立博物館で開催されている「ざんねんな昆虫展」を観てきた。

なんとも、こじんまりとした展示ではあったが、それがまた良い塩梅だった。
このぐらい小規模な方が子連れには気楽である。
麦わら帽と虫採り網を身につけてという、コレまたなんとも脱力な撮影スポットがあって、息子の写真を撮ったのだが、その息子の姿を見てたらプレステの「ぼくのなつやすみ」というゲームを思い出した。
息子は今、まさに「ぼくのなつやすみ」の真っ最中。
こんなおっさんになると、一日一日が過ぎるのが早くて早くてしょうがないのだが、小学一年生の息子にとっては、きっとそれは五、六倍の長さに感じるのではないだろうかと勝手に推測する。
毎日毎日が濃厚濃密、大人からすればほんの些細な出来事でも、息子にとってはきっと大事件なのだろう。
ちょっとしたお出かけでも、息子にとっては大冒険なのかもしんまい。
何かの映画かドラマか小説かなんかで、人生が八十歳までとしたら、二十歳までと、それからの六十年が同等の色濃さなのだと誰かが言ってて、ホントそうかもしれないぜと膝を叩きまくったことを思い出した。
二十歳から二十八年が経過したが、二十歳までの二十年間の半分どころか四分の一ほどしか時間経過を体感していないかもしれない
息子がやって来てくれたおかげで、だいぶかなり色濃い日々になってはいる。
そんなことを書いていたら、どこからかフィッシュマンズの「Slow Days」が幻聴のように聴こえて来た。
♪長い 長い 夏休みは 終わりそうで 終わらないんだ……♪
と佐藤伸治さんが歌っている。
そうだな。
夏休みってそんな感じだったな。
でも、コレも小学校の夏休みまで。
部活を始めた中学生からの夏休みは、まるで別物になってしまった。
そういう感覚をずっと持ち続けた佐藤伸治さんは、やはり表現者たる人だったのだろうと思う。
話がとんと外れてしまった。
ともあれ、息子の夏休みが早く終わってくんないかなと思う。
その反面、こんなに一緒に遊んでくれる夏休みも残りは数えるほどなのではと考えると、もうちょいグイグイ遊ばないとなとも思う。
まあ、ともかくエネルギーの塊なもんだから、受け止める方も大変である。
子育てはピッチャーじゃなくてキャッチャーなんだぜ……
時々、自分にそう言い聞かせて白目をむきそうな瞬間を乗り切っているよ。
股旅。

夏の終わりのハーモニー

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今日も果てしなく暑いが、そこはかとなく夏の終わりを感じ始めている。

ふと気づくと「夏の終わりのハーモニー」(井上陽水&安全地帯)を口ずさんでしまっているのが、その証拠だ。
1986年にリリースされたこの名曲のカップリング曲のタイトルが「俺はシャウト!」であることを知る人は少ない。
今日はなんだか、ちょっとだけのんびり。
なので空き時間に、ぶらりといつもの雑木林に息子と虫採りに行ったらヤマトタマムシが普通にいて驚いた。
一昨年にうちの庭で捕獲したのが生まれて初めての野生のヤマトタマムシとの劇的な出会いだったのだが、まさかの二度目の遭遇。
この所沢市三ヶ島の地のなせる技ではあるのだろうけれども、初めての出会いまで四十六年を要したというのに、たった二年でまたその機会が訪れるとは。
いやはや驚きである。
でも、こういう不思議ってあるのよね。
十数年ぶりに来てくださったお客さんと、その十数年の間一度も会ったことなかったのに、再会後にバッタリ近所のコンビニで遭遇したりして「アレ〜!」なんてことがあるから人生は面白い。
今この日記を書きながら「インデラ 柿の種」をポリポリしているのだが、これは妻さんが買ってきてくれたもの。
パッケージに魅力を感じたからだそうだが、実はこのインデラ。
すぐ近くの入間ってところに工場があるのよね。
妻にその話をしたら「それだ!」となっていたので、なんとなく無意識下で引き寄せられたのかもしんまいなと思った。
そして、コレは実に美味い。
夏の終わりのハーモニーを口ずさんでいたら、愛用している DECHO の BARISTA CAP を染め直したくなったのは言うまでもない。
初代に続き、いよいよ二代目も使用感出まくりになって来たのだ。
二つとも同じイエローに染め直そうかと思ったのだが、イヤ待てよ!となった。
一つはカラシ色に、もう一つはダークブラウン、もしくはオリーブグリーンにしようと思い直した。
「帽子幾つあってもまだまだ欲しい症候群」な小生にとって、この染め直しって行為は画期的である。
以前にも、二つ染め直したのだが、コレがもう新品のようになって帰ってきてくれたのだ。
今回も期待しまくりである。
まあ、そんなわけでDOODLIN’ BARBER SHOP の新作ステッカーも出来上がっている。
エンジ、オフホワイト、ディープネイビーの床屋三色。
ご来店くださったお客さまがたに差し上げております。
と言いつつ、幾人かのお客さんに渡し忘れてしまうという痛恨のミスもあったことを正直に告白する。
ごめんなさい。
それでは股旅をする。

日本語かっこいい

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酷い暑さと書いて「酷暑」。

暑さで朦朧とする意識の中、日本語ってやっぱりステキだなと嘆息する。
私が高校時代から大好きなザ・クラッシュのアルバム「白い暴動」。
アルバム四曲目に収録されている超名曲  “White Riot” をどストレートに超直訳して日本でのアルバムタイトルにしたのだろう。
これってどうなのよ?
と思った青い時期もあったが、今は良いと思う。
すこぶる良いと思う。
日本語表記もなんだかカッコイイ。
響きも形もグッとくる。
四十路後半ともなると、いろいろとこうなってくるのだろう。
今まで「ん?」と感じてたことも、「イイじゃない!」と思えてくる不思議。
多分みなさんもきっとそうなのだろうと思う。
でも、甲本ヒロト先輩は、昔何かの番組で
「色々不安だろ?なあ、イライラするしなあ。
それなあ、大人になっても不安だし、50過ぎてもイライラするから、そのまんまでいいんじゃないすか。
物事解決するよりも、イライラしたまんまでいいじゃん。うん。」
てなことを言ってて笑っちゃったんだけど、これはこれで「そうだよなぁ」とも思う。
どうにかなることとどうにもならないことがある。
それがちゃんと分かっててればオッケーなんじゃないかと。
そう思う。
この画像の私が手にしている『白い暴動』は、1977年に発売されたオリジナル盤で、しかもライナーノーツを書いているのが大貫憲章さんだったりして、ちょっとした御自慢の逸品なのである。
それを見たお客さんの中澤さんが「これと同じものをヒロトとマーシーが手にとって聴いてたのか〜」と言ってて、ハッとしてグッと来た。
そうなのである。
この頃はまだデジタル音源ってのは普及してないから、それはつまり、このレコードから聴こえてくるのはその当時鳴った音そのままってことなのだ。
42年前に鳴り響いた音と、ほぼ同じ音が今店で流されている……
なんてスペクタクルなのだろう。
わざわざいちいち音楽をレコードで聴く醍醐味がここにあるなと思った。
オリジナル盤にこだわるコレクターの方々の気持ちが少しだけ分かり始めた四十八の夏であった。
股旅。