何もかもが大いに結構

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ずいぶん前。

 

 

某ドキュメンタリー番組を見てたら、“7歳の頃から街中で日産のマーチを見かけたら数を数えているんです……” と言っている19歳の学生が出てて、“今、7万×××台なんです……” だなんて言うもんだから、胸に何かグッと込み上げるものがあった。

 

 

1日2日だったら、そんなことをした記憶もありますが、それが十二年も継続しているともなると気が遠くなる。
でも、それが羨ましいと思った。
人が到底出来ないことを頑張るでもなく努力するでもなく、それといった意味合いを持たせることもなく継続させる。
そんな物事を七歳で見つけられる感性。
ある意味、陳腐な物言いになるが “天才” なのだろうなと思った。

 

 

彼は、この番組でインタビューを受けた場所に毎日毎夜のように通っていて、大学に入ってからそこに何時間いたかを記録しているとも言っていた。
インタビュアーが「楽しい?」と訊くと「バイトもしてないし、楽しいことも何もないんで……」と応えていて、「まだ十九歳、可能性はたくさんあるじゃないですか?」と言われると「と言うのは今、僕が可能性を潰しているということですか?」と返していた。

 

可能性ってなんだろうか……

 

学生は続ける。

 

「周りを見ていてどう感じたり……他人が他人に合わせるために、自分を頑張って取り繕っているように思います……」

 

なんだか、この言葉がとても響いたんだった。
十九歳の青年の言葉に心動かさられる……大いに結構だと思う。
テレビって面白い、そうあらためて思わせてくれた青年であり番組だった。
テレビの可能性を感じた。
と同時に可能性ってなんなのよ?って青臭い疑問符も生じた。
何もかもが大いに結構だ。

 

 

そう思った。

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