ありふれた奇跡

近頃よく店内で流している福居良さんのアルバム『Scenaery』へのお客さんたちの反応がすこぶる良い。

 

 

YouTubeに「あなたこんなの好きなんじゃない?あはん?」とドヤ顔で薦められて聴いたのが今年の初めぐらいのことか。
どれどれそんなに言うなら聴いてやるぜとポチッとした瞬間に、ど頭かち割られるような衝撃を受けて、これはもうレコードで欲しい絶対欲しい!となったんだった。

 

 

それから、すぐさま鼻息荒く注文したものも、なかなか手元に届くことなく半年が過ぎ、やっとやって来てくれたのが今夏の初め。
待ちに待った甲斐があったもので、やはりレコードで聴くそれはまた新しい衝撃を与えてくれたんだった。
その疾走感とライブ感、あたかもそこでたった今演奏しているかのような臨場感がそこにあったんだった。

 

 

けれども、これは多分きっと相当な独り善がりな思い入れがもたらしたものなのだろうと思う。
でも、それでいいのだ。
それがいいのだ。

 

 

この福居良さん。
一昨年に六十七歳で亡くなっている。
この『Scenery』が発表されたのは1976年。
福居良さん、二十七歳のときのデビューアルバムである。
驚かされるのは、福居さんが初めてピアノに触れたのは二十二歳だったということ。
しかも独学で。

 

 

たったの五年でここまでの演奏が出来るのだろうか。
私もちょいとピアノをかじったことがあるからちょっとだけわかるが、これは信じられない神業だ。
それほど素晴らしい演奏なのである。
上手いだけじゃない。
いやもしかしたら、上手くないのかもしれない。
でも、ここまで心を昂らせてくれる演奏はそうそうない。
何がどうなったらこうなるのだろうか。

 

 

ここに至るまでそれこそ命懸けでピアノに向き合ったのだろうと思う。
気が遠くなる程、ずっとずっとずっと弾いたのだろう。
それでも、だからと言って誰でも出来る所業ではないが、時代とか空気とか環境とか、いろいろとないまぜになって奇跡を起こしたのだろう。
そんなことを想像していると、うっすら涙がこぼれそうになる。
我ながら気持ち悪いが、もういいオッサンなんで、これでいいと思っている。
多少気持ち悪いくらいがベリー最高にちょうど良い塩梅なのだ。

 

 

オッサンは甚だ気楽なのである。

 

 

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