センチメンタルジャーニー

ふと自分の年齢「四十八歳」について考えてみた。
はて両親が同じ年齢だったときは、どんなだっただろうか。
記憶を紐解いてみた。
 
 
まず父。
父が四十八歳のとき、私は十一歳だった。
十一歳といえば、小学五年生。
小学五年生といえば、その夏休みに父と二人で立山連峰に登ったんだった。
標高三千十五米の雄山まで、途中山荘に泊まって二日かけて行った。
後にも先にも、父と二人きりで泊まりがけで出かけたのは、このときだけだ。
 
 
何がどうなって、二人で登ることになったんだっけかな。
ぼんやりとした記憶しかない。
ドラマティックに考えれば、父は私に何かを教えたかったのかもしれない。
父は山に関する知識が豊富で、とても頼りになった。
だから、怖い思いをした記憶はない。
山頂から眺めた景色はいまだに脳裏に焼き付いている。
まだまだ父は若くて元気だった。
それがとても眩しい記憶として燦然と輝いている。
そうか、あのときの父は四十八歳だったのか。
 
 
そして母。
母が四十八歳のとき、私は高校三年生だった。
板橋にあった私が通った高校まで、三者面談のためにホンダの黒のインテグラに乗って来てくれたことを、なぜかなぜだかよく覚えている。
帰り、そのまま乗せてもらって家まで帰った。
毎日一時間半かけて電車で通った道のり、どれだけ時間かかるんかな〜と思ったら、結構あっちゅう間に家に着いたんだった。
 
 
 
私の成績は散々なもので、「こんなんじゃ何処も行けませんよ〜」的なことを言われたと思う。
母は、そんな息子のことをどう思ったのだろうか。
母もまだまだ若くて元気だったな。
そういえば、大学入試の合格発表を母に見に行ってもらったこともあったな。
ため息まじりに落ちていたことを報告されたな。
そうか、あのときの母は四十八歳だったのか。
 
 
 
今の私と同じ年だったのか。
そうかそうか。
まあ、二人とも仮に同級生だったとしても友達になれる気は全くしないが、ともあれ、ありがとう。
いろいろとありがとうございます。

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