春に

息子が大事に飼っている ヒガシニホントカゲ が、何やらそわそわしだしたのを見て、いよいよ春来来だなと思うのである。
昨年の今頃、庭で捕らえたから、もう一年になるのか。
あの狭い水槽でよく冬を越えたものだ。
五、六年は生きるらしいが、さすがにそれまで飼いはしないだろう。
急に「もういいや」って逃すのだろうな。
その日は多分近い、そんな気がする。

昼日中は陽当たりの良い場所に出して、日光浴をさせている。
何やら嬉しそうに見えるのは気のせいか、気のせいだろう。

ヒガシニホントカゲ 二匹と カナヘビ が五匹ほどいたはずなのだが、カナヘビ の姿が見えない。
死んだのではない。
食べられたのではない。
多分、ヤツらは逃げたのだ。

ヒガシニホントカゲ たちには、ちゃんとトカボンドとイカボンドという名前がある。
息子に名前の由来を訊いたが、秘密だそうだ。
愛猫 “スナスケ” の名付け主も息子。
なかなかのネーミングセンスの持ち主だと思う。

話は圧倒的に変わる。

『チボー家の人々』という本がある。
幼少時から、ずっと何度も何度も父親に「読むとイイ」と薦められてきた本だ。
思い返してみると、父に「本を読みなさい」とはしょっちゅう言われていたのだが「これを読め」と作品名を出して薦められたのは、この一冊だけだ。

それから四十年近くが過ぎ、私はいまだにこの本を手にとっていない。
なんだか、読めと言われて素直に読めない自分がいたからだ。
自分でも不思議なくらい、頑なに読むことを拒否し続けて来た。
ホントなんでだろう……

で、今朝いきなり「ちょっと読んでみるか!」と思い立ったんだった。
調べてみたら、全十三巻で、作者であるロジェ・マルタン・デュ・ガールをノーベル文学賞に導いた作品なのだそうだ。
あれだけ父に薦められていたのに、私はその作品の大まかな内容も、作者の名前も知らなかった。
いや、知ろうとしなかった。
別に反抗していたわけではない。
全てが、ただ何となくだ。
急に読もうと思ったのも、ただただ何となくだ。

父は、なぜこの本を私に薦めたのだろう。
父が読んだのは、青春期の頃ぐらいなのかな。
あまり多くを語らない父だったので、いまだに私にとって父はミステリアスな存在。
でも、この本を読めば父が見えてくるかも知れない。
私の親でも何でもなかった頃の、ひとりの青年だった父を、ちょっとだけ知られるかも……なんて妄想爆発させている。

私は息子に何を薦めるだろうか。
このままだといっぱい薦め過ぎるに違いないだろうな。
こんなんだから軽薄なのである。
ちょっとは重厚さとか渋さを身に付けたいと一応願ってはいる。
そのためにはどうすればいいのか……

う〜ん、わからん。

あれから十年経ちました。
何か言葉をと思ってはいるのだが、何も出てこない。

でもまあ、これでいいのだ。

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