お知らせです

 

DOODLIN’ BARBER SHOP、この度の消費税増税に伴い、十月より以下の通り価格を変更させていただきます。
ご利用いただいているお客様方には大変ご迷惑おかけいたしますが、何卒よろしくお願い致します。
 
だけどもだけど。
二十数年前、この仕事を始めさせていただいた頃の私が働いていた店のカット料金が¥4,500 だったことを考えると、二十数年経っても全然値上げてないんだよな〜と苦笑い。
大変心苦しくもあるのですが、すみません。
ご了承ください。
 
 
 
CUT & SHAVING
一般 ¥4.800 → ¥5,000
4週間以内のご来店で ¥4,300 → ¥4,500
3週間以内のご来店で ¥3,700 → ¥4,000
2週間以内のご来店で ¥2,500 → ¥3,000
   
大・専門学生 ¥3,800 → ¥4,000
高校生 ¥3,200 → ¥3,500
中学生 ¥2,500 → ¥3,000
小学生・KIDS ¥1,800 → ¥ 2,000
   
BEARDTRIM(ヒゲ調髪) ¥1,500 → ¥ 1,800
RAZORSHAVINGRAZORSHAVING
(シェービングのみ) ¥1,500 → ¥1,800
 
WAVE (+ CUT & SHAVING)
SHORT ¥9,500 → ¥10,000
MEDIUM ¥10,500 ~ → ¥ 1,1000
POINT ¥7,500 ~ → ¥8,000
   
COLOR(+ CUT & SHAVING)
SHORT ¥9,000 → 据置
MEDIUM ¥10,000 → 据置
POINT ¥8,000 → 据置
 

それは良い時間

実家に行って父の髪を切ってきた。

一見、父は表情も乏しくなり、その動きもスローモー、これはさらにまた老いが進んでしまったかなぁと思ったのだが、きれいにカットして、カメラを構えて笑顔を要求したら、バッチリ笑ってくれた。
口を開けばお説教の雨あられだったのは遠い日の花火のよう。
聞いたことに頷くぐらいで、言葉も必要最小限。
父は八十路半ば。
随分な爺さんだ。
でもなんだか、こうなってからの方が気持ちの行き来がより出来るようになったと感じるのは、ただの気のせいだろうか。
うん、これは気のせいだな。
そういえば、父によく
「仕事で誰かを使うようになれ。そうなってからが、やっと一人前の道に足を踏み入れたことになるんだぞ」
と言われたな。
ホント確かにそうだなと思う。
だけどもだけど、父の言葉に逆らおうだなんて思いは一つもないが、誰かを雇うってのは当面なさそうだ。
どうだろな。
「人を雇うことにしたよ」と言ったら、父は喜ぶかな。
ニヤリと笑って、親指をピッと立てるかな。
今回も「これで最後かもな」という一抹の思いを抱いて父の写真を撮った。
いつも「撮るのやめようかな……」と思う瞬間があるのだが、頑張って撮っている。

おっさんず賜物

仕事用シューズを新調した。
ここ数年ずっと愛用している adidas campus 。
コレで連続何足目になるだろう。
 
かつては新物に目がうつりがちだったが、そうではなくなった。
使えなくなったら、また同じものを新調するようになった。
若かりしころは、そういう風にしている人生の先輩たちを見て「偏屈だなぁ」と思っていたが、今は違う。
「コレだ!」と思えるものに出会えたことを誇りに思うようになったのだから、人の気持ちの移ろいというものは面白い。
 
それでもまだまだ自分のケツの青さを自覚せざるを得ないのは、全くの同じものを選べないところだ。
多分、今回のダークブルーで、adidas campus は十足目近くになると思うのだが、それらは全て違う色なのだ。
なんだかほんのり甘い。
こだわりとは到底言えない浅はかさを感じたりもしている。
色も形も全く同じものを三つぐらい所持して、それらをローテーションさせる域まで達したいものである。
 
そこまで愛せるものと、「これコレ、コレなんだよ!」と確信できるものと出会えることの喜びを知れて良かった。
 
コレもオッサンの領域に足を踏み入れた賜物なのだろう。

センチメンタルジャーニー

ふと自分の年齢「四十八歳」について考えてみた。
はて両親が同じ年齢だったときは、どんなだっただろうか。
記憶を紐解いてみた。
 
 
まず父。
父が四十八歳のとき、私は十一歳だった。
十一歳といえば、小学五年生。
小学五年生といえば、その夏休みに父と二人で立山連峰に登ったんだった。
標高三千十五米の雄山まで、途中山荘に泊まって二日かけて行った。
後にも先にも、父と二人きりで泊まりがけで出かけたのは、このときだけだ。
 
 
何がどうなって、二人で登ることになったんだっけかな。
ぼんやりとした記憶しかない。
ドラマティックに考えれば、父は私に何かを教えたかったのかもしれない。
父は山に関する知識が豊富で、とても頼りになった。
だから、怖い思いをした記憶はない。
山頂から眺めた景色はいまだに脳裏に焼き付いている。
まだまだ父は若くて元気だった。
それがとても眩しい記憶として燦然と輝いている。
そうか、あのときの父は四十八歳だったのか。
 
 
そして母。
母が四十八歳のとき、私は高校三年生だった。
板橋にあった私が通った高校まで、三者面談のためにホンダの黒のインテグラに乗って来てくれたことを、なぜかなぜだかよく覚えている。
帰り、そのまま乗せてもらって家まで帰った。
毎日一時間半かけて電車で通った道のり、どれだけ時間かかるんかな〜と思ったら、結構あっちゅう間に家に着いたんだった。
 
 
 
私の成績は散々なもので、「こんなんじゃ何処も行けませんよ〜」的なことを言われたと思う。
母は、そんな息子のことをどう思ったのだろうか。
母もまだまだ若くて元気だったな。
そういえば、大学入試の合格発表を母に見に行ってもらったこともあったな。
ため息まじりに落ちていたことを報告されたな。
そうか、あのときの母は四十八歳だったのか。
 
 
 
今の私と同じ年だったのか。
そうかそうか。
まあ、二人とも仮に同級生だったとしても友達になれる気は全くしないが、ともあれ、ありがとう。
いろいろとありがとうございます。

久しぶりに写真なし日記

約六年ぶりに歯医者に通い始めた。

ここ最近、どうにも気にさわる奥歯の鈍痛があって、そんな話をお客さんとしていたら「違和感があるなら早いうちに行ったほうが良いですよ〜」と的確なアドバイスをされたので、ついでにそのお客さんが行っている歯科医も教えてもらって、即日予約の電話を入れたんだった。
予約を入れた時点で、それほどのものではなかったのだが、なんだか日に日に痛みが増している気がした。
しかし、予約日は一週間も後、今風に言うならば「どんだけ〜!」である。
こうなったらもう、他の歯科医に急患で飛び込んじゃおうかしらん……なんて邪な気持ちが芽生えもしたが、そこはどうにか堪えて予約日当日を迎えたんだったんだった。
歯科衛生士が丁寧に丹念に私の歯をサーチしてくれた。
それから歯科医が現れてデストロイしてくれるっつー寸法だ。
しかし拍子抜けなことに、「うん、良く磨けてますね〜」との御言葉。
いやいや、じゃあこの痛みは?と訊いたら、これは疲れとか季節の変わり目などで抵抗力が落ちたときに、以前の治療痕にできた隙間から細菌が入り込んで炎症を起こしているんだぜとのこと。
コレは虫歯じゃないと言うのだ。
マジか!
今風に言うならば「いかほど〜!」である。
いや、でもココに小さな出来かけの虫歯(全く自覚症状なし!)がありますね〜おっとココに欠けてしまった歯がありますね〜ってことで、今後はその二歯を治療していきましょうとのこと。
もしかしたら10本ぐらい虫歯があるんじゃないかとビクビクしていたので、この結果にはホッと尻を撫で下ろさせてもらった。
結婚して九年弱、思い返せば、それから歯へのケアをそれ以上にするようになったんだったな。
ササッと歯磨きを済ませようものなら、ちゃんと磨いている〜?と妻さん。
彼女と一緒に暮らすことによって、しょうもなかった健康への意識が変わって行くのを感じた。
六年前に歯科医に行ったのも、息子が生まれてくるからというのが切っ掛けだった。
その前に歯を整えておきたいと思ったのだ。
長年気になっていた親知らずも二本抜いて、数ヶ月通っていくつかの虫歯も一掃させた。
そして今回も同じような思いが働いているのを感じる。
順調に行けば、自分はあと一年半で憧れの五十路に突入するわけで、その前にいろいろと整えたいと考えている自分がいる。
手強かった爪白癬も三ヶ月の内服薬服用を完了し、どうにか完全にデストロイ出来たようだ。
そうなると次は歯だろ!ってなるのは自然の流れだと思う。
何かのテレビで誰かが言っていたのだが、七十代の半ばともなると同級生の半分はすでにゴートゥーヘヴンとなっているのだそうだ。
そう言われてみればそうだろうなと、なんだか妙に納得したんだった。
今年の夏が終わってしまうのが、なんだかどうにもセンチメンタルな気分になったのも、人生の折り返し地点を通過し、人生下り坂最高!そう思える年齢にだんだん近づいて来たからなのだろう、多分きっと。
センチメンタルは、今後さらに加速するだろう。
五十路を目前に控えて、心身を整えたい、学びたい、あれもしたいコレもしたいという思いも加速するだろう。
その反面、あれもいらないコレもいらないって感覚も研ぎ澄まされて行くだろう。
こうやって人は年を重ねて行くのだろう。
全部多分きっとだけれども。
なんだか “だろう” 連発の駄文になってしまった。
ごめんなさい。
それでは股旅。