中古レコード屋のバラード

日頃お世話になりまくっている中古レコード屋は、自分が最も興奮する場所の一つなのですが、つい先日「いや待てよ……そうか!」と ふと気づいたことがあるのです。

「しめしめ、こんな名盤がこんな値段で!オレラッキー!」

だなんて小躍りしてみたが、よくよく考えてみれば、この傑作を手放した人が存在するわけでして……

それはつまり殆どの場合ポジティブな動機ではないんですよね。
お金のためだったり、引っ越しだったり、泣く泣く手放さなくてはならない状況だったり、持ち主が亡くなってしまったってこともあるでしょうしね。

でもですね。
僕が寂しいなと思うのは、「うん、これもう聴かないし、いらないや!」って展開というか場合と言いますかね。
見限るというか、卒業と言いますかね。

「この音楽はもう自分には必要ないんだ」

って理由で手放す。
しかもそれが青春の象徴のような音楽(僕の中では完全にパンクロックですが)だとね。
なんだか無性に悲しいなってね。
思ったんです。

それが、THE BLUE HEARTS だったり、銀杏BOYZ とか、グリーン・デイ とか、今までもこれからもずっと自分が好んで聴き続けてきたものが中古屋にズラッと並んでて、しかもそれが悲しいくらい安かったりすると余計にね「あ〜これを売った人の中では終わってしまったんだな〜。しかもそんな人がいっぱいいるんだな〜」ってね。
ちょっと胸に冷たい風がピューッと吹き抜けるんです。

ま、安くてありがたいって思いもあるんで、オアイコですが。

しょうもない話でごめんなさい。
秋が深まって来ましたね。
店のモミジシシガシラも紅葉し始めました。

それでは股旅。

日々学びである

昨日、妻さんに誘われて、とある画家の個展に行って来たんです。

やはりね。
実物、本物に触れるって大事ですね。
あれですよ。
まさに “写真には写らない美しさ” ってヤツの存在をビッシビシ感じましたもの。

朧げながら、きっと “芸術” ってこういうことなんだろうな……ってね。
分かったような気になっています。
あくまで “私の中での芸術” なんですけどもね。

この絵がね。
いつも目につく場所にあったらね。
大袈裟な物言いになりますが“魂の救い”、そういうものになり得るんだろうなって思えたんです。
見るだけで和む、癒される、落ち着く。
あ〜そういう心の機微のことを多分きっと芸術って言うんだろうなってね。
ちょっとわかった気になっているんです。
イイ気分ですよ。
調子に乗っちゃいますよ。

で、その画家先生がですね。
こんなことを言っているんです。

『父の思い出でずっと話したかったのが、小学校の低学年の頃、どんなに家が困窮していても絵の具を買ってくれたんです。

それもいい絵の具、普通は12色なんだけど、紫色が入っている24色とか倍くらいの絵の具を買ってくれた。

なんでもいいから、ちょっとでも人と違うものを与えられた時に勇気と自信がつく。

自分はその辺のもので絵を描いたり作ったりしてますが、ここぞという時にはその “紫色” のことが頭にあって、人よりも半歩でも一歩でも、この色で出せるものはなんだろうと……』

これは響きましたね。
とても大切なことだなと思ったんで、私の心のノートにメモっておきましたよ。
私も、息子に本と画材だけは惜しみなく与えよう……って決めていたんで、それを肯定してくれたような気がしましてね。
なんだか嬉しかったんです。

決して負けない強い力を一つだけ持つ……

それが思い込みでも、良いんです。
バカにされても、良いんです。
少々痛々しくても、良いんです。

なんか、そういう幼少期のちょっとだけ背中を押してくれたような、そっと後ろから支えてくれたようなことが、行き詰まったときなんかに、サーッと空から降りてきて救ってくれる……一歩踏み出す勇気をくれる……
そんなことがあるよな〜ってね。
音楽聴いてるときにも、時々そういう瞬間があるよな〜ってね。

上手く説明出来なくてごめんなさい。

そして、この機会を与えてくれた妻さんに感謝感謝です。

それもまた最高

相変わらず日々歩いている。

朝、近所の中学校の近くを通ると聴き覚えのあるメロディ。
これはあれだ。
GONTITI の『風の国』だ。
なかなか良い選曲じゃないかね。
床屋のオッサン、この曲大好きなんだよ。
選んだのは放送委員?もしくは先生かしら?
そんなことをぼんやり考えながらホテホテ歩くのが楽しい。

クルマに乗るときのBGM。
最近はもっぱら GREEN DAY ばかりを流している。
店で聴くより、ヘッドフォンで聴くより、GREEN DAY はドライブしながら聴くのが良い。
ドキドキワクワクさせられながら、時折胸がキュンとなる。
で、こういうタイミングで、こういう音楽を聴ける自分自身の現状が嬉しくなる。

なんかこうね。
今まで生きて来た道程をね。

いいじゃんいいじゃん!
それで良かったんだよ!

って肯定してくれているような気持ちになるのだ。
背中をポンポンと優しく叩かれているような、そんな気分になるのだ。
これは音楽の魔法だ。

でも、今店で GREEN DAY を流しながら日記を書いていたら、遊びに来ている息子の友達に「ダサい音楽!」と言われた。
うん、それも最高!

ボスとの遭遇

相変わらず、日々よく歩いている。

一日一万歩を週五日は達成する。
これを目標にして日々ほてほて歩いているわけだが、歩こうと思った理由は体力をつけたかったからだ。

土日の激務を終えた後も「疲れた〜」なんて眠たいことを言わずにシャキーン!としていたい。
でも最近は、それはオマケになってきた。
歩くことこそが、目的になりつつあるのだ。

何となく歩いているうちに、いつの間にか体力ついてて、気づいたら体重も減ってた!
なんつードリーミンな展開を狙っていたが、もはや体力がつくのも、体重が減るのもオマケ。
歩きたいから歩いているのである。

歩くのは楽しい。
コースは決めていない。
何となくな目的地を定めて、その方向に向かって歩き出す。
徒歩じゃないと通れない道があれば突入。
その先が行き止まりだとしても、むしろそれがスリリングでエキサイティングだったりするから面白い。
クルマでしか通らなかった道の裏側に未知の世界がある。
それは発見の連続だ。

そして今日もボスに遭遇した。
晴れた日にはいつもそこにいるクロネコ。
私はわざわざ立ち止まって話しかけるのだが、完全なる無視。

写真撮ってもイイかい?

と一応断って、撮ってみた。
全く動じない。
それはもう清々しいくらいにだ。

ついでに入ったコンビニで、その場所に似つかわしくない素敵な音楽が流れていたのには驚いた。
有線なのかしら。
それとも店員さんの好みで流しているのかな。

あ、そうだ!

私はおもむろに iPhone を取り出し、Shazam を起動させ、その音楽を聞かせてみると、マルコ マルシェと云う全然知らないインドネシアの男女アコースティック・デュオだったから驚いた。
凄い人たちが出てきたな〜
最近、あの辺りの方々が奏でる音に惹かれるのは何故だろう何故かしら。
根拠もなく、こういう分野では日本がアジアではず抜けていると思っていた自分にキツい一発をお見舞いしたいもんである。

股旅。

不思議な力

「iPhone で音楽かけてよ!直ぐになんて曲か当てるから!」

これが最近の息子のマイブーム。
まぁつまりイントロクイズなわけだが、その正解率が凄まじく高くて、ちょっと引いているくらいなのだ。

ドレミファドン的に言えば、“ウルトライントロ”で、ときには“超ウルトライントロ” のタイミングでドーン!する。

もちろん、息子が知っている曲でやるのだが、スリップノットの正解率はほぼ100%。
曲名が出てこなくても「あのアルバムの何曲目!」と答える。

聴いたことのない曲でも、ボーカルの声でバンド名を当てる。
ときには、ギターの音、リズムの展開、アンサンブルで正解を導くから驚きだ。

今朝も、先日無料配信されたアンダーワールドの曲を流していたら「あ、アンダーワールドだ!」と言い出した。
ケミカル・ブラザーズとの違いもちゃんと認識してて、ダフト・パンクとの違いもわかっている。

息子の脳内で何がどうなってこうなっているのか、サッパリわからない。

で、多分ほとんど役に立つ機会がないかも知れない能力だが、これはれっきとした超納涼力に違いないと私は確信している。
(洋楽の曲名を覚えているのは英語に役立つかも)

前にも書いたが、こういう能力こそが、その人間のコクになると私は信じている。