そこにあるのは答えじゃなくてヒントだけ

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おはようございます。
どうにかこうにか過ごしやすい天候になりつつありますね。
今年の夏は観測史上一番暑かった夏だそうで、つまりそれはほとんどの人々にとって人生で一番暑かった夏ってことなのだなぁ……と当たり前のことにしみじみしちゃっている次第であります。

 

 

今後、この記録が毎年更新されるようなことがないことを願います。
この酷暑が地球温暖化による影響だという声も聞きますが、なんとなくですが、この地球が人間ごとき影響を受けるだなんてことはないんじゃないかと。
そう思いつつも、実は地球はとっても繊細で、些細な取るに足らない人間ごときの仕業でも簡単に影響を受けちゃうのかもなぁ……などと、いろんな気持ちが行ったり来たりしている次第でもあります。

 

 

相変わらず、音楽とか映画とか本だとかが大好物な私ですが、なんでこんなに好物なのかしらと考えてみました。
それで一つの結論が導かれたのです。
これは全て「学び」なのではないかと。

 

 

そこにあるであろう人生を上手に渡り歩くためのヒントを見つけようとしているのですね。多分。
言うならば劣等感の穴埋めってことでもあります。
足りない足りないアイキャントゲットノーサティスファクション状態なわけです。
一人の時間を上手に過ごせる能力、それを教養と呼ぶ……と誰かが言っておりましたが、教養を身につけるための時間を持てることが教養となるっつーなんだか頭がこんがらがりそうな感じですが、とどのつまりそういうことなのです。

 

 

でも、まだまだ全然足りません。
どれだけ映画を観ても音楽を聴いても本を読んでも、全然教養ある人間になれません。
もうどうすりゃいいのよ〜って地団駄を踏んでいるエブリデイでありますが、まあとりあえずこのまま持続するしかないなと結論した次第であります。

 

 

映画『スリービルボード』最高でした。
『サブカルで食う』(大槻ケンヂ著)、上手に生きるヒントが散りばめられています。
『「空気」と「世間」』(鴻上尚史著)、今の自分に必要なことが書かれている予感がしまくりなので読んでみます。

でも、そこにあるのは答えじゃなくてヒントだけなのよね。

これを踏まえて触れないとイカンとです。

 

股旅。

新たな物語が生まれた

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「ネコの すなすけ が、いまいち自分に懐かない、あんなにしつこくつきまとっている息子にはナゼだかとても懐いているのに……」 と苦笑いをしたら、ネコ好きの友人に「そりゃそうだよ」と言われた。
優しくて、ご飯をくれて、世話全般をしてくれている妻が一番。
ちょいと乱暴ではあるが、いっぱい遊んでくれる息子は二番。
なんだか横で見ているだけのデカいおっさんである私は三番になるのは仕方がないとのこと。
なるほど。
横で見ているだけのデカいおっさんってのにはしみじみと納得した。
私の大のお気に入りだった観葉植物 “ソング・オブ・ジャマイカ” が逝ってしまった。
度を超えた猛暑のせいなのか、私の愛情不足だったのか、その原因はわからない。
何も言わずにゆっくりと彼は枯れ果てて行ったのだった。
実は、この “ソング・オブ・ジャマイカ” は二代目。
初代は、当店のロゴやHPをデザインしてくれている友人の長友くんから 移転祝いに戴いたのだった。
情けないことに、それも二年余りで御臨終。
とても気に入っていたので、今度こそはと同じものを置いたものの、またしても逝かれてしまったのだった。 この “ソング・オブ・ジャマイカ” 。
お客さんからは、鏡越しに見切れる感じで見えていた。
私的には圧倒的存在感を持っているように思っていた。
だが、“ソング・オブ・ジャマイカ” 無くなったことに気づいたお客さんはまだいない。
開店から今まで、「この観葉植物は何てものですか?」と訊かれたことも一度もない。
もしかしたら、最初からなかったのでは?
と思ってしまうぐらいに華麗にスルーされているのだ。
こんなに私が寂しく感じているのにだ。
でも、それがまたイイ。
私はこう思うことにした。
我が店の私が愛した “ソング・オブ・ジャマイカ” は、あの宮沢賢治先が紡いだフレーズ 「ホメラレモセズ クニモサレズ サウイフモノニ ワタシハナリタイ」 を見事体現しているのジャマイカと。
彼のいた場所は、しばらくそのままにしておこうと思う。
寂しいと言いつつ、無くなったことによって生まれたスッキリ感があることは否定できないからだ。
そもそも、ものがあり過ぎのきらいがある我が DOODLIN’ BARBER SHOP。
ちょっと開放感が生まれたとポジティブに受け止めるとしよう。
彼亡き後に、そこに鎮座するのは、朋友 アラヤン が描いてくれたキッズ用補助椅子として代用しているスケートボード。
これもまた良しだ。
新たな物語が生まれたのだと思う。
それでは股旅。

これこそがベリー最高にちょうど良い塩梅

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高田渡さんの『汽車が田舎を渡るそのとき』を店で流していたら、「どなたですか?とても良い声の方ですね」と十五年来のお付き合いであるお客さんが言いました。

 

 

これはですね……

 

 

なんつって得意げに、聞かれている物事の十倍ぐらいの情報をベラベラしゃべくる私。
これも床屋の良い光景じゃないかと思うようにしています。

 

 

ここで、そういうのってどうなのよ?
と考え出してしまうと果てしない思考の奈落の底に落ちてしまうので、あまり考えずに、良いじゃないそれでと収めるようにしています。
これが私が四十七年かけて身につけた圧倒的個人的かつ独りよがりな処世術です。

 

これでも、一応ご来店してくださったお客さんに合わせて店内BGMを選曲しているのです。
ときに的外れなこともありますが、それもまた狙ってたりもしてます。
若かりし頃は、無難な選曲をしがちでしたね。
でも、かといって今は攻めているわけではなく、なんだろな。
ともかく「さりげなく」に徹しています。
さりげなく、これが大事。

 

 

これ見よがしなのは醜悪。
気を使いすぎになってしまうのもみっともない。
ベリー最高にちょうど良い塩梅ってのをジャストミート出来るようになるのに、それなりに時間はかかりました。
だから、今回のようにお客さんから何かしらの反応があると嬉しいですね。
それきっかけで、お客さんの世界も広がるような、そんな気がしたりもしてね。
おこがましくも、そんなことを考えながら悶々と選曲しているのです。

 

 

先日納品された DOODLIN’ BARBER SHOP 移転三周年記念ステッカーとバッジ。
各3色ずつ用意したものをご来店してくださった方々に押し付けがましく貰っていただいているのですが、この色ばかりと偏ることなく、おしなべて満遍なく減っていっていると感じます。

 

 

これって不思議。
Tシャツなんかを作っても、圧倒的に偏るってあまりないんですよね。
まあ、そうならないようにちょっと工夫している部分もありますが、それでも不思議。
何しろ不思議。

その名もニールヤンガー

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我が家に猫の “すなすけ” がやって来て二週間弱。
当たり前のように転がっていた日常風景の片隅に、いつもちらほら猫がフレームインして来るのが何とも新鮮なのである。
ふと気がつくとそこにいる。
日常に彩というか潤いというか和みというか緩さというか、そういうものたちが横たわるようになったようなフィーリング。

 

 

あらためて思う。
猫、いいぜ。

 

 

そうして今。
この日記を Neil Young 先輩の “Harvest” (もちろんレコードで)を流しながら書いているのだが、これまたいいぜ。
外のしとしと雨とやけにフィットしている音感。
いいぜ。

 

 

このアルバムは、1972年に発表されたわけで、つまりそれは私がまだ一歳だった頃なわけだ。
それを四十七歳になって、したり顔で聴いている。
いつの間にやら随分と生意気になったもんだなオレよ。

 

 

そんなことをぼんやり考えていたら、竹原ピストルさんの『石ころみたいにひとりぼっちで、命の底から駆け抜けるんだ』の歌詞の一節

 

 

♪あれが最初で最後のチャンスだったと勝手に決めつけて、ポケットに手を納めてしまってはいないか?
実力が足りないことを棚に上げて、図々しく “スランプ” などと口にしてはいないか?♪

 

 

がゆっくりと脳裏を駆けていった。
若かりし頃は世の中多少図々しくないとやっていけないぜ……などと嘯いていたが、今は違う。
今は謙虚でありたいと思う。
若かりし頃の図々しさは、若気の至りなんつって、心優しい人から見れば微笑ましくもあったりするが、中年以降の図々しさは醜悪だ。

 

 

でも、その若気の至りが、後々になって振り返ってみると輝かしく眩しかったりするから不思議なもんだ。
Neil Young 先輩は、この46年前に自身が発表したアルバムをどう思っているのだろうか。
きっと眩しいのだろうな。
眩しいから、もう聴き返すことはないのだろうか。
眩しいから、もはやもう自分の作品ではないような気すらして、憧憬のまなざしを浮かべながら耳を傾けるのだろうか。
そして、そんな Neil Young 先輩は、まだまだ眩しく輝いているから素晴らしい。

 

 

そんなわけで、私の中で何十回目かの Neil Young ブーム到来である。
そんな自分のことをニールヤンガーと呼んでいるのは、ここだけの秘密だ。

 

 

それではそろそろ股旅をする。

私に出来る数少ないことの中の一つ

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先日。
懇意にさせていただいている “手打うどん 長谷沼” の店主ハセドンと飲んだ際に「店で流すナイスな音楽はないかなぁ……」と光栄なる相談を受けたので、それだったらこれだね!と鼻息荒く素敵なアルバム十枚を選んでみたのです。
坂本龍一さんが、お気に入りのレストランのためにプレイリストを作ったって話と図々しく重ね合わせちゃったりなんかしちゃったりして。
ルルルラララ。

 

 

これが我ながらナイスチョイス出来たと自負しているのですが、世間一般のうどん屋に合うかどうかってのは、それはそれぞれの感性に委ねられるのでなんともいかんしがたいわけですが、あくまで『ハセドンのうどん屋』なわけで、したがってそのイメージで選ぶのは当然の助動詞 “べし” なわけです。

 

 

でも、“手打うどん 長谷沼” の所在地 川越 に向かう道すがら、ちょっと大きめの音でカーステレオで流してチェックしてみたら、いやこれは違うなって思えるものが一枚紛れ込んでいたので、それは華麗にバック。
うどんが美味くなる素敵なアルバム九枚を、長谷沼に進呈させていただいたってわけです。

 

 

“手打うどん 長谷沼” にお寄りの際、なんだかイイ塩梅の音楽が流れていたら「おや?これはひょっとして所沢三ヶ島の床屋のおやじさんが選んだ曲かしらん……」と一瞬思って戴けたら、これ幸いであります。

 

 

そうそう。
話は変わるのですが、六月で移転して三年経ったっつーことで、じゃあ作りましょうかと思い立ったオリジナルステッカーとバッジがようやく納品されました。(各三色ずつです)
これまたなかなかイイ塩梅の仕上がりですので、ぜひとももらってやってください。
ケチ臭く、そんなに数を作らなかったので、ステッカーとバッジそれぞれ一つずつ選んで戴けたら、これまた幸いなのであります。

 

 

それではそろそろ、芝生の手入れでもしましょうかね。

 

 

 

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股旅。