これもまた私の仕事

今季もまたTシャツを作っているのです。

いろいろアイデアはあったのですが、7年程前にマイキー・ドレッド(レゲエ歌手でありプロデューサー)をモチーフにして作ったのを2021年バージョンで復刻させようってことになりまして。

グラフィックはそのままに、屋号である『DOODLIN’』の部分を『BARBERS』に変えてお届けしようかと。

DOODLIN’ に限定せず、床屋を愛し床屋に集まる人々、それはスタッフだけでなくお客さんたちも含めての総称として“BARBERS” ってのはどうだろうか? イイね!
と相成ったわけです。

発案者は、毎回僕のイメージをそれ以上に具現化してくれているデザイナーの長友くん。

なんかこう……

今はかなりコロナ野郎のせいで窮屈な状況下なわけで、そんな世の中だからこそ、少しでも垣根を取り払って前向きに考えられることって重要なんジャマイカってことで、“BARBERS” になったわけです。
うん、とても良いですな。

背面には今年も引き続きこれですかねってことで “Go Slowly” と入れようと思います。
ついウッカリ “Hurry Up!” となってしまいがちになって来てますからね。

使用するボディも決まり、これからカラーバリエーション選択。
良いものが出来そうな気配がムンムシ漂っていますよ。
BARBERS の皆さん、お楽しみに。

こんなこと考えているのが、たまらなく楽しいわけです。
でも、これもまた れっきとした床屋の仕事ですから。

新しく作る mix CD 『reggae beam & funk bomb vol.2』の選曲をするのも床屋の仕事。

庭の草むしりも、この日記を書くのも、全部床屋の仕事なんです。
多分ですけども。

それでは股旅。

普通という奇跡

とある漫画の帯に書かれた『普通という奇跡』という言葉になんだか胸を打たれまして。

何がどう胸を打ったのか、全く自己分析出来てないのですが、結論としては「やっぱイイよね、普通」ってことなんだなぁとしみじみしているのです。

先ほど、来てくださったお客さんが、こんな日はこんな音楽はいかがでしょうかと デヴィッド・ボウイの「ジギー・スターダスト」のレコードを持ってきてくれまして。(しかもUKオリジナル盤)

いつもとは逆のお客さんが選曲してくれるってパターンも良いなと思ったし、このアルバムがまた今日の天気やら気分にもジャストフィットだったのも最高でした。

なんかこう、こういう時間も店がゆっくり作り上げてきた尊い時間なんだよな……なんてしみじみしちゃいましたよ。

そのお客さんが帰り際に「スッキリしました。ありがとうございます!」と言ってくれたのも、ただ物理的に髪が整えられたってことだけじゃなく、ハート&ソウルもスッキリしたってことなんだろうなと手前勝手に、よりポジティブに受け止めさせていただきました。 

こういう御言葉を頂戴出来るって、ステキな御褒美だよなと思うのです。
こういう喜びを多分「普通という奇跡」って言うんだろう、いやそうに違いないな、うん多分きっとそうです。

そういうことだったのだ

先日、取材に来てくださったライターさんに屋号に “BARBER SHOP” と入れた理由を訊かれました。

当店が開店した十七年前には、もちろん昨今のようなバーバーさんブームみたいなのは その予兆すらなかったわけで、いやむしろ正直ちょっと『床屋=ダサい、古い』的な空気もあった状況だのにナゼ、歯を食いしばりキミは行くのか、そんなにしてまで……

ってところがこの質問の真意だったのだと思います。僕はそれは決意表明だったのだ とカッコツケて答えました。
老若男女問わずウェルカムとするより特化することによって圧倒的な個性が出せるんじゃないかと、そこに自分がやるからこその意味が見つかるんじゃないかと……

なんて鼻息荒かったわけです。
恥ずかしながら。

とまぁ、イキってそう言いましたが実際「理髪店」とか「理容室」を屋号に入れるほどの覚悟はなかっただけなんですよね。
得意のちょうど良い抜け方を狙ったわけです。
バーバーショップってのは、ただの英語なんです。つまり英語でカッコつけたわけですよ。

ところがですね。
今読んでる近田春夫さんの自伝にこんなことが書いてあったのを発見して僕の中で風向きが変わったんです。

“ランDMC の「King of Rock」にしても、LL・クール・J の「Rock the Bells」にしても、時代遅れの代物という印象があったロックという言葉をわざわざ別の文脈で蘇らせることによって、価値観をひっくり返す意図があったと思うんだ。
ランDMC のある意味象徴でもある アディダス も当時 ナイキ の方がカッコいいとされてた中で、スポーツ用品店の外に積まれてた、半分日に焼けたような商品にあえて目をつけたんだと思う……”

こ、これだっ!
ってなりましたよ。
うん、多分、これです。

なのでこれからは「ナゼ屋号にBARBERSHOPを?」と訊かれたら「説明しよう!それはね……ランDMCがね……」と長々と語ろうと思います。

つまり DOODLIN’ BARBER SHOP はヒップホップ なんだってことなんです。笑 

巷のバーバーさんムーブメントは、遠くで燦然と輝く花火のようですが、うちのお客さんは、DOODLIN’ が床屋なんだってところを気に入ってくれてると思っていますので。

とまぁ冗談はさておき、DOODLIN’ BARBER SHOP を今後ともよろしくお願いいたします。

店主 高崎哲平 拝 

合言葉は ヤァマン!

気の向くままにネットをサーフィンしていたら、若くして亡くなったラッパーのページに行き着いたのでした。

彼の名前は知っているが、彼の楽曲はほとんど知らず、どちらかというと僕の中ではミュージャンと言うより役者の印象。

人気絶頂のとき、彼が銃撃を受けて死亡したというニュースは衝撃的でした。
それはつまり彼が歌う世界、彼が演じている世界が「本当であり本物」なんだということだったからです。

疑っていたわけではないけども、平和日本で呑気に学生生活(しかも通常より二年遅れ)で過ごしていた真性ウツボ野郎の僕には、どこか絵空事のように感じられていたからでしょう。

彼の死を告げるニュースを見て、さらに驚いたのが、彼が僕と同い年だったこと。
どんだけ濃厚で濃密な人生だったんだよ!
とウツボ野郎は空を仰いだのでした。

それから二十五年が経ち、気まぐれに彼の情報をおさらいしていたのですが、未だに彼を亡き者にした銃撃事件が未解決だと知り、またまた衝撃を受けたのでした。

さて、じゃあこれを切っ掛けに彼が遺した音源を聴いてみようかな……

となると思いきや、そんな思いは一つもわいて来ないのでした。
これはそれなりに覚悟がいるぜ、生半可な思いじゃ向き合えないぜと感じたからなのかも知れません。

シノゴの言わずにまぁ聴いてみなよとリトルテッペーも耳元で囁くのですが、五十路に突入した今も、こういうところは面倒臭い野郎のまんまで行きたいなと思っているのです。

誰も褒めてくれない面倒臭い部分、誰にも気付かれない、誰も気にとめない“こだわり”。
こういうの大切ですよね。多分ですけど。

とどのつまり、まぁ「ヤァマン!」で行こうぜってことです。

折り返し地点はとうに過ぎているのであった

どうもこんにちは。

私事で至極恐縮ではありますが、本日華麗にさりげなく五十歳にならせていただきました。

私ごときが五十路突入ってそれってどうなのよ?ちょっとした軽犯罪じゃ?

って気分は満載ではありますが、まあいいじゃん。そんなもんじゃん。ジャンバルジャン。そんな気分です。

しかしまあ、ともあれ感謝。この一言に尽きます。この五十年、ビックリするぐらいあっちゅう間でしたからね。でも、確実に折り返し点は過ぎているわけで、これから五十年生きることはない……

なんてことをぼんやり考えると遠くから幻聴のようにレゲエのリズムが聴こえてくるから困ったもんだ。

この、私が握っているのは、スケーターのスティーブ・キャバレロのフィギュアなわけでして。なんだかね、私に「こんな五十代でありたいな〜」と思わせてくれるカッコイイ人なんです。

これを見た息子(八歳)が「お父さんに似てる!」と言ってくれましてね。なんかこうね。自分が望む道、目指している道を歩けているんじゃ?もしや?まさか?なんて思えたんです。嬉しいです。

たまたまなんですが、ネットを徘徊していたら

「年齢なんか何年生きたか分かるだけで、″どう″生きたかは分からないよ」

なんて言葉を見つけて、ホホ〜なるほどと感心してたら、どうやらこの言葉、ローランドさんが発したものらしいですね。

二十歳以上も年少の方の言葉に心動かされる……

イイじゃないですか。なんだか嬉しくなっちゃいます。

そう、私は五十年生きてきたことは確かなんですが、じゃあそれが年齢に見合う年月だったのかどうかって問われたら、まあまあ……いやまだまだだと答えざるを得ないのは大いに不本意ではあるが、これが現実なのであります。

ともあれ、頑張りますよ。それしか出来ないですし。今しか僕にしか出来ないことがあるはずなんで、それをどうにか見つけてやっていこうと思います。

これが私の五十路突入の決意表明です。