それはきっと宝もの

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息子画伯の描く恐竜(or ゴジラ)のクオリティが日に日にアップしているのを感じる。
今朝は切り抜いて立たせようとしていた。
2Dから3Dへとは大きな進化だ。
そしてその発想の自由さに感嘆すると同時に羨ましくもなる。
ついつい口を挟みたくなるのだが、自分の発した言葉のあまりのつまらなさにガックリ来る。
でも口を挟む。
息子に多少煙たがられようとも大いに挟む。
これでイイのだ。

 

 

『野の春: 流転の海 第九部』(宮本輝著)が届いた。
三十七年前に執筆を開始した『流転の海』もとうとうこれで完結。
僕が流転の海(第一部)を初めて読んだのは高校生の頃。
なので、このシリーズとは三十余年の付き合いになるのだが、正直最後まで書けぬまま終わるんじゃないかと思ったときもあったから嬉しい。
今後の人生で三十年以上付き合う現在進行形の小説はきっと現れないだろう。
そういう作家も現れないと思う。
だから勝手に僕はこの完結をものすごく尊いものとして受け止めている。

 

 

宮本輝先生の描く世界観とその文体は、僕に「いつか物書きになってみたいな〜」という今思い返せば甚だ恥ずかしい夢をもたせてくれた。
そして先生の文章によって「いやいや、こんなの絶対書けませんって!」と諦めさせられもした。
これだけのことを書くからには何かを失わずには無理。
そしてそもそも、失う何かすら持ってない自分なんてしょうもないウツボ野郎。
こう結論づけるのに多少時間がかかってしまったが、気づけたんで良しとする。

 

 

ちょいと読み始めるのがもったいないので、リハ気分で『田園発 港行き自転車』(宮本輝著)を読んでいるのだが、これまた面白くて困る。
なんてことない展開なのだが、ここまで惹きつけられるのはなぜだろうなぜかしら。
正直、生意気ながらも「ん?」って感じる箇所はある。
それはきっと僕が年を重ねたからだろう。
意地悪な目線で読んでしまう己がいるのだ。
宮本輝先生の若かりし頃の傑作を読んだときのような興奮はない。
でも、それもまた良しなのだ。
これもまた長く付き合えた作家さんだから、そう感じるのだ。

 

 

我が人生において、こういう作家さんと出会えたことは宝だ。
初めに宮本輝作品を薦めてくれた兄に感謝しなくては。
そして妻さんと同居を始めたときに、妻が実家から持ってきた本の中に『青が散る』(宮本輝著)があったときの驚きと喜び、これもまた僕の人生の宝になった。

 

 

それではそろそろ。

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