21世紀の……

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梅雨のしとしと雨降る中、私はKing Crimson の “21st Century Schizoid Man Including Mirrors” をまあまあ大きい音で聴いている。
この曲の邦題は現在「21世紀のスキッツォイド・マン」となっているが、私が初めて聴いた三十数年前は「21世紀の精神異常者」だった。
どうやら差別的理由が云々だそうだが、インパクトは十分の一ぐらいになっちゃったなと思う。
(兄たちにヤバい音楽があるんだぜと聴かされたのがこの曲が収録されているアルバム。曲のヤバさよりジャケットのヤバさに震えた)
あの頃は、21世紀なんてまだまだ遠い未来のことのように感じていたが、あれよあれよと言う間にすでに2019年。
ありゃまこりゃ的言う間に、二年後には私も50歳になる。
全くもってふざけた話である。
ギャグである。
でも、1969年、今母50年前に発表されたこの曲、このアルバムに古さを私は感じない。
かといって新しさを感じるわけでもない。
新しいとか古いとかって、もうやめにしませんか?
ってどこかで誰かが言ってそうだ。
東京オリンピックのチケット抽選も一応申し込んだ。
なんだか当選する気がする。
お客さんに薦められて読み始めた『7人のシェイクスピア』(ハロルド作石著)がたまらなく面白い。
シェイクスピア、名前はよく聞く、代表作もいくつか挙げられる。
でも、全然知らない。
そんな私にはビッシビシ響いた。
シェイクスピア、ちょっと真剣に向き合ってみよう。
語り継がれてきたもの。
聴き継がれてきたもの。
そういうものへの関心をもっと持たなくてはという思いには以前から駆られていた。
新しいものも大事だけども、今の私の心身にはマスターピース的なものの方がジャストフィットスムーズインのようだ。
すでに評価されたものは識るべきだ。
それが多分教養とか知性に繋がるはずだと信じている。
新しいもの、古いもの、どちらも肯定出来ればなと思う。
股旅。

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