NO MUSIC,NO LIFE?

「NO MUSIC, NO LIFE.」と云えば、タワーレコードのポスターでお馴染みのコーポレート・ボイスであります。様々なアーティストが、そのコーポレート・ボイスに寄せてのメッセージを載せていまして。それがまたグッと来るものが多くありまして。

で、自分自身の生活を鑑みると、私もまた結構「NO MUSIC, NO LIFE.」を地で行く床屋のオッサンになって来たよな……やっとだけどもね……と思うのです。何しろ、かなり長い間寄り掛かって来ましたからね、音楽に。寝ても覚めても聴いてますからね、自分の好きな音楽を。もしかしたら、そのためにこの床屋って仕事を選んだんじゃ?自分が好きな音楽しか聴きたくないから、一人でやっているんじゃ?と思ってしまうぐらいに。

だから、じゃあもし自分がタワーレコードのポスターに……となったら、どんなメッセージを載せようかしら……と思案してみたわけです。

でもね。こういうとき、私の中で何かちょっと上手いこと言ってやろうって野心が沸沸とわいて来るのがイヤでしてね。醜悪だなと我ながら思うわけです。スッとポッと出てくるような言葉じゃないとイヤですよね。こういうとき、どうカッコつけずにいられるか……これもまた一つの“人の器”を測る指針になるんじゃ?と思うのです。

忌野清志郎先輩の
「音楽は・・・・・LIFE そのもの・・・・・・・・・・なんつって。」
なんて、これこそまさに理想型だぜ!と思うのですが、こういう言葉もいつ誰が発したかが至極重要なわけで、自分如きが発しても何にも説得力がないし、そもそも真似なわけで、やはりココは自分の中から言葉が湧き出てくるのを待たなくては……と思い悩んでいるうちに日が暮れて行くわけです。

スリップノットを夢中で聴いている七歳の息子。一心に歌い、腰を揺らし、リズムを刻む、その息子の姿が、今、再び音楽の聴き方を私に教えてくれている。簡単でイイ。難しいことは難しく考えるから難しいのだ。音楽のみでなく、全てに繋がるこの考えを、息子が私に教えてくれている。
(高崎 哲平/DOODLIN’ BARBER SHOP)

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